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純子さんのブルキナ滞在記③

続いて、私の活動先:ピッシー村へ。

診療所で見学。
pissi.jpg
 マラリアに罹った子のお尻に注射!

その後、師長と小学校の先生たちとビールを飲み、羊の腸と肝のスープをご馳走になりました。
羊スープ

そして、市場を回って以前栄養不良だった子の様子を見たり、バオバブのジュースの味見も。

ASC(村の保健委員)と合流し、ドロを飲み、コラの実を食べ、お土産にとお肉をごっそり頂きました。
ドロ

こちらでは、お客さんを手厚くもてなす習慣があり「はじめまして。彼女は日本から来たのよ」とあいさつをするたびに「遠いところからよく来てくれた、一緒に何か飲みに行こう」とビールや食べ物をたくさん頂きました。
そして、「みおのお母さんは、私たちのお母さんだ!」と温かく受け入れてくれて本当に嬉しかった。

ブルキナベ、本当にありがとう。

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純子さんのブルキナ滞在記②

で、いよいよサポネ訪問!

と思いきや。途中でトラックの横転事故あり。
材木を積み過ぎてバランスを崩したらしい。。。
ママブルキナ3
ブルキナの交通事情は何でもあり。
10人乗りのワゴンに30人以上詰め込んでたり、車上にも人乗せて屋根がペコペコだったり。飲酒運転は取り締まってないし(同僚曰く、ビール大瓶2本までOKらしい)、道は舗装されていても穴だらけで大変危険なのです。


まあ、なんとかたどり着いたサポネ。

到着早々、ちびっこ達に大歓迎され
化粧
(以前にも登場した、近所の悪ガキたち。
 顔を白く塗って変顔をするのがブームなのです。)

私の同僚とビールを飲み
ママブルキナ
(診療所の助産師さんたち)

井戸に水汲みに行って
井戸1
(いやー、けっこう大変)

一緒に料理を作って
ママブルキナ2 
(現地食トーを作ってもらった代わりに、カレーをふるまいました。)

彼女は日本語を話し、村人はフランス語か現地語を話す。それなのに、なんとなく通じている。なんだか不思議な空間でした。

純子さんブルキナ旅行記①

ブルキナは今日も穏やかです。

今日から3連続くらいで「純子さんのブルキナ滞在記」をお送りします。

****************************
9月17日の最終便にてブルキナに下り立った彼女。
今のところお腹も壊さず、とっても元気です。

到着当日は首都のホテルに宿泊。
現在セキュリティー確保のため、JICA関係者が泊まれるホテルは限られています。その中でも街の中心部に近くて安いホテルをチョイス。

HOTEL Independance
ホテル 
JICA割引で、55000Fcfa。
ブルキナにこんな癒しスポットがあったとは!!と、驚いてしまう外観。けど、働いているのはやっぱりブルキナベ。サービスも気配りも先進国並とは言えない、ブルキナ上級。

翌日は、首都ワガドゥグ散策へ。
街の中心部のスーパーマーケットやグランマルシェを回ったり、道端の売り子をつかまえて手当たり次第味見。(けっしてお腹がすいていたわけではありませんよ。一応料理人なので、ブルキナの食文化を知るために)
ブルキナ食
写真上より、揚げ菓子(左:甘味、右:塩味)
下、左:落花生のお菓子、右:油ヤシの実?

で、ブルキナ布探しも。
ママブルキナ4
↑フランフ人オーナーのお店。
おしゃれだけど値段設定が高くてなかなか手が出ない、、、

で、お昼は初のアフリカ料理
クスクス
クスクスアラブ(羊の煮込みトマトソース)

クスクス・アロコ
アロコ(プランテーションバナナのフリット)など。

日曜だったので他の店が空いてなかったり、開店時間が遅かったり。。。残念なところもありましたが、短時間でワガ満喫でした。

ようこそ、ブルキナへ

どーも。

ブルキナは今、空気・夜空のキレイな季節です。
RIM.jpg
今年は雨量が少なめで作物の収穫が心配って話だったのですが、私が帰ってきてからは毎日雨が降ってます。


そんな中、日本より来客が!!

英語もフランス語も全く話せないのに、初の海外旅行(しかも1人旅)にブルキナを選んじゃって。周囲の心配をよそにウキウキ「全く不安はない」と言ってのけた彼女。

空港で待っている私は気が気じゃなかったー。
出国・入国・税関、フランス語が分かんないのに通過できるんだろうか?以前隊員の家族が入国カードを記入できなくて係の人に破り捨てられ大変だったと聞いていたので余計に心配で...
人の出入りがあるたびにそわそわ。空港警察に「フランス語の全く分かんない日本人いるから、何かトラブルあったら教えて!」って言いに行ったり、出口の一番前に陣取ってたのにブルキナベに割り込みされて、、、背伸びしてきょろきょろ探すこと2時間半!!

彼女はルンルン足取り軽く現れました。

いやー、Bonne arrivée(ようこそ)!!
日本で心配しているみなさん、彼女は無事到着しましたよー。誰にでも話しかけて(もちろん日本語)何でも食べてますよー。私以上に馴染んでますよ。
ママブル

5日間のブルキナ滞在スタートしました。
とりあえず、今日は到着報告まで。
つづきは、また次回。

帰ってきました!

どーも、ぼんじゅーる。

無事ブルキナに到着しました。
ブルキナ上空
↑空から見たブルキナ
 雨季だから緑がいっぱいで、街も少し大きくなった気がしました。

久しぶりのブルキナは「なつかしい光景で感動いっぱい」
かと思いきや、意外と「ふつー」でびっくり。
4ヶ月の日本生活は長かったと思ったけど、降り立ってみると意外とすんなりブルキナに馴染めちゃってるし。あれ、あたし日本に帰ってたんだっけ?って考えちゃうくらい自然に溶け込めてました。

そして、今週初めに 我が村 サポネ に再赴任。
近所の子が大きくなってたり、いつの間にか赤ちゃんができてたり、同僚が転勤していたり。そして、帰国時は乾季・猛暑だったけど、今は雨季で涼しくて食べ物も豊富にある1番いい季節。(マラリアは多いけど)
さっそく茹で落花生やらアフリカなす、焼きとうもろこし食べて感動!この素朴な味がおいしい!
ブルキナ帰国

久しぶりの我が家は、門のカギが壊れているし、家の中は砂埃まみれ、バイクと自転車は故障してて電気も半分壊れてつかなくなっているなど大変でしたが 
Ca va aller(サバアレ、なんとかなるさ)
村人に手伝ってもらってなんとか掃除をして、住める感じになりました。

残り3カ月。ブルキナ生活を楽しもうと思います。

では、また。

国内ボランテイア

宮城県石巻市で活動していた間寝泊まりをしていた公民館を紹介します。石巻市内より車で30分ほど行った場所にある桃生公民館樫崎分館。
ここに20~30名が泊まりこんで各施設に活動に行っていました。8月以降は大学生も来てにぎやかだったこと。
集合写真

お風呂は手作り。薪で炊いてホースで給湯。、
窯2 ものお

ごはんは朝・夕作ってもらって、お昼は避難所で市が用意してくれたおにぎりやらパンを頂いていました。
恵まれた環境でボランテイアに臨むことができ、本当にありがたかったです。 

国内ボランティア

昨日、東北生活を終え宮崎に帰ってきました。

たくさんの出会いがあり、現場を見て聞いて考えて本当に得るものの大きかった2か月間。今後の自分の人生にとっても大きな影響を及ぼしそうです。

帰りの飛行機の中から宮崎の街を見た時、涙が出てきました。
ここには街がある。建物がきれいに並んでいる。
壊れた家や道、ガレキは転がっていない。

この2か月で私が見たのはほんの一部ではあるけれど、地震・津波・原発の怖さ、東北の人たちの強さを分かったつもりでいました。けれど、全然分かっていなかった。
地元の街並みを見て初めて津波がどれだけのものを奪ったのか、その中で傷を負いながら複雑な想いを抱え生きている人たちを思い、熱くなるものがありました。
あれから、もうすぐ6か月が経とうとしています。今は「前を向いて自立を」と背中を押されながら様々な葛藤を抱えている人たち。いろんな支援が入っても、結局は地元の人たちが立ち上がらなければ復興は難しい。
そんな中で今後、わたしたちには何ができるのか。

支援って奥深いし難しいんだと改めて感じています。


そんな中、がんばっている南三陸町歌津地区をご紹介。

ここも津波によって壊滅的な被害を受けました。
けど、住民ががんばっている。
すばらしい歌津
「すばらしい歌津を作る協議会」

皆が前を向けているわけではないけれど、自治体を形成してコミュニテイを作り歩き出している。私はほんの少しだけ見学に行っただけで何もはっきりとしたことは言えないけれど、周りのサポート体制も整いつつあり、モデルとなるべき地域ではないかと思いました。
そこに塩害杉の有効活用、コニュニテイ形成支援
「絆プロジェクト」が入っています。
塩害杉 きずな

塩害杉はほっておいても枯れてしまうだけ。それを使ってベンチ・机を作り仮設住宅に置いて住民の交流の場として活用してもらう。作る段階で雇用も生まれる。
べんち

おもしろい支援です。
今後の展開が楽しみです。



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